僕が海で死にかけた話。‥with手作りシーカヤック(その1)

IGU

2011年02月12日 20:11

友人のブログで、海の事故の話が書かれていました。
この件、僕はまったくの部外者なので、内容やコメントは避けます。

ただ、事故というものは、いくつもの悪条件・アクシデントが重なって起こります。
泳ぎや操船が上手でも、関係ありません。


‥今の僕は、海から離れて久しく、危険と接する事も、経験を話す機会も、ほとんどありません。
今回は、個人的な体験談として、とある海での昔話を綴ってみます。


経緯・状況




僕は5年ほど、日本やアジアの国々を旅していました。
旅の先々、各地の農家や漁協、工場等に住み込み、お金を貯めては次の旅に出る「キャンパー」という暮らしです。足は、最初はバイク、のちに自作キャンピングカーでした。

当時の僕は、製糖工場に務めた後、自分で作ったシーカヤックで、沖縄の西表島を一周していました。

カヌーはパフィンという市販の船体をベースに、少しスピードが出るように形状変更したものです。

コックピットの前後に密閉した荷物室を持ち、数百リットルの道具を積める構造。
自作の船ですが、頑丈に作ったし、絶対に沈まない信頼感を持っていました。

ここに水と食料、ダイビングや釣りの道具、お酒やキャンプ用具を詰め込み、数週間の予定で旅に出たんです。 ( 注:僕は一人遊びが得意なタイプ ♪ )


当時、ベースキャンプにしていた西表島の南部、南風見田(はえみだ)浜から出航し、左回りで西表島を一周。

途中、プライベートビーチを見つけては、長居したり、素っ裸で暮らしたりしていたので、旅程の3/4ほどを回った頃、すでに3週間が過ぎていました。

そして、鹿川湾という場所で、悪天候のため一週間ほど足止めを食ってしまいました。


最大の難所、パイミ崎を超え、後はベースキャンプに帰るだけ。 冒険は終盤に近づきつつあります。

問題は、食料。 西表島の半分近くは無人地域なので、買い出しができません。
この時はお酒が切れ、お米も数日分となっていました。

ラジオの天気予報は「沖縄近海には熱帯低気圧が停滞しており‥」。 そんな放送がずっと続いていましたっけ。


天気のスキを付いたつもりが‥


小さなテントの中から、一人で雨の海を眺めるのも飽きたある朝、ふと沖に見える波が、いつもより収まったように感じました。

「ウサギが跳ねる」といいますが、三角波が砕けて白い飛沫が見えると、海は荒れています。

その日は、少し穏やかな気がしました。
今日を逃すと、いつ帰れるか分からない。


出航しよう。

そう決心して、雨の中、遠征用テントを撤収し、シーカヤックを海に出しました。
沖に出てみると、まだまだ海は荒れていますが、何とかなりそう。

余裕が無かったので、行っちゃえ! 急かす心に勝てなかったんですね。


荒れる海


行ける。と思ったのは最初の数キロだけで、次第に海は荒れてきました。

大きな波のウネリの上に出たり、谷底のような下に落ち込んだり。波はどんどん大きくなっていきます。


引き返すべき?

何度か考えましたが、戻ったところで食料が続かない危険があります。

選択肢は二つ。
数日分の食料を食い伸ばして耐乏生活に入るか、体力がある今のうちに進むか。

都会と違って、無人地域では「飢え」という言葉が、リアルです。


何より、一週間もテントに閉じ込められると、精神的に戻るのを拒否してしまいます。
そして気がつくと、見たことの無い荒れた海の中、一人ぼっちの、ちっぽけな自分がいました。

この頃の僕は知らなかったのですが、沖縄あたりの「熱帯低気圧」とは、内地で言う低気圧ではなく、台風とほとんど同等の嵐を指す言葉だったんですね‥。

大きなウネリは、常に一定の方向からやって来ます。それにかぶさるように、三角波。
もう、引き返すにも、転覆させずカヌーの向きを変えるのは困難な状況に変わっていました。

バランスを崩さないために、前に向かって漕ぎ続けるしか有りません。

自分を信じて先に進んでいるつもりで、僕は多分、考えるのを止めていたのでしょう。


南風見田浜、発見。


悪戦苦闘して漕ぐうち、見覚えのある地形が見えてきました。

最初に出発した、ペースキャンプのある、南風見田の浜です。
(ついに一周! でも、それどころじゃ、ないって)


大きな地図で見る


沖縄の海岸は、珊瑚礁で囲まれているため、「リーフ」という自然の堤防のような海底地形があります。
リーフ内は波が静かで穏やかですが、リーフの外側付近は急激に浅くなるため、普段でも波が立ちます。


南風見田浜は、南の風が吹くと波が高まり、カヌーではリーフを超えるのが困難になりますが、となりの「ボラ浜」に一箇所だけリーフの切れ間が有る事を知っていました。 よく、潜ったり、カヌーで波乗りして、遊んでいたからです。

そこは外洋側から見ても、波が無いのですぐ分かります。
迷わず、僕は船首を向けました。

浜まで、あと、500メートル。


リップカレントの、罠‥


まずは慎重に、航路を観察します。
その日のように海が荒れていても、確かに、波は少なめです。

少し考えた末、一気に船を漕ぎ入れました。
ここまで来れば、きっと大丈夫!


と、異常なウネリの中、何も分からないうちに、カヌーは転覆していました。

リーフの裂け目には、時に強烈なリップカレント(離岸流)が発生します。

普段は、外洋への航路となる、静かな間隙なのですが、海が荒れると話しは変わります。
波によってリーフ内に押し寄せた海水が、そのリーフの切れ間から、溢れるように外洋に流れだして行く、危険な場所になるんですね。 (そこに突っ込んでいった僕は‥)

これも、当時は知らない現象でした。


気がつくと海流に押し流され、それまで見たことが無いくらい、岸から離れた、はるか洋上にいました。

そして僕は、溺れかけていました。
‥信じられないことに、この時、同時に2重3重の悪運が、まとめてやって来たのです。

続く‥。 → 僕が海で死にかけた話。‥with手作りシーカヤック(その2)

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